Masukそのころリビングでは今日もちゃっかりわたしたちが集結してライブ配信をテレビの大画面で鑑賞していた。
「まぁゆきの場合あれで普通ってのは相当無理があるわな」
「ゆきちゃんが普通ならこの世に美人なんていなくなるってもんだよね」
「万人が認める美貌」
「ゆきちゃんを眺めているだけでなんだか心が豊かになるような気がします。あの類稀なる容姿を今お見せしないのはもったいないなと思っちゃうくらいですね」
ブラコン四姉妹のいつものゆきちゃん自慢。今日は久しぶりの歌と踊りを堪能したのだから礼賛は留まることを知らない。
「にしてもアメリカで一旦芸能活動を休止してやたらと歌と踊りの勉強ばっかしてたのは知ってたけど、さすがはゆきというかわずか数年でここまでレベルアップしてるとはね」
「歌声聞いてるだけで鳥肌やばかったもん!」
「こころにしっかり響いてきた」
「元々感受性の豊かな子ですから、楽曲に感情を乗せる方法を覚えたら人の心を震わせるようになるのも納得ですね」
「トランス状態っていうの?だいぶ入り込んで歌ってたよね」
「あいつの才能は底なしなのかね。どこまでいくのか楽しみだ」
お姉ちゃんたちが一様にうなずく。
「ところでさ、ひよりからみんなに提案なんだけど次からはこうやってリビングで見るんじゃなくてそれぞれの部屋で見た方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「確かに。」
「そだな。その方が落ち着いて見られる」
「アリバイ工作もしなくてすみますしね」
なんだかんだと理由付けをしてはいるけど要するにみんなゆきちゃんの声を独り占めして自分の世界に浸りたいのはバレバレだよ。
あと、感極まったときのリアクションを見られるのが恥ずかしいので平静を装っているから消化不良気味だというのもあるよね。
特に何も発言はしなかったけど、ゆきちゃんの配信を見て内心一番はしゃいでいたのは実はかの姉だと思う。いつものようにニコニコしてはいるが相当なフラストレーション状態に違いない。
その証拠により姉やあか姉より若干そわそわしてる。1人で見ていたら思い切り悶えていたんだろうな。かくいうわたしも何度叫びそうになったことか。
結局それぞれが思うままにゆきちゃんの歌声に熱狂したいということで来週からは各部屋で鑑賞することに。
ちなみに姉妹の部屋は年頃の女の子はプライバシーも大事だとゆきちゃんが両親と施工業者さんに直談判したおかげで、そこはさすが音楽に携わる人間と感心するほどのしっかりとした防音対策がされている。耐え切れなくなって少々大きな声を出したところで隣の部屋にすら響いたりしない。
なにしろ自宅にスタジオを作ってしまうくらいだから音響に関しては並々ならぬこだわりがあるんだよね。そのへんの設備に関しては素材にまで口を出してたくらいだもん。
そんなゆきちゃんが作ってくれた自分だけの空間でそれぞれが誰にもはばかることのない空間で心ゆくまでゆきちゃんの歌声を聴きたい。「ぎゃわいいぃぃ~!!」と悶えたい気持ちを他の姉妹の手前必死に我慢することなく発散したいんだよね。
ゆきちゃんが素顔じゃなくVtuberの仮面をかぶっているからかろうじて抑えられていたようなものなのでテレビの大画面で眺めることより大事なのはスマホの小さい画面になろうと自分だけの世界にひたって思う存分デレるほう。
次回からの方針も決まったところでより姉からさらなる要望。
「でもゆきの生歌も聴いてみたいよなぁ」
だよね。こうやって歌を聴いちゃうともっとって気持ちになっちゃうのはよくわかる。
「それなら動画投稿の撮影の時なら見せてくれるんじゃない?ライブ配信を見られるのがイヤなんだから、収録くらいならみせてくれるでしょ」
「明日月曜だから動画投稿の日ですよね。もう収録してるのかしら」
「もう準備してるはず」
「じゃ、たぶん水曜投稿の分の収録を見せてもらえるかな」
「よし、ならお願い役はひよりな。あいつひよりに一番甘いからな」
「オッケーまかされました」
そうこうしてるうちにゆきちゃんがリビングに姿を現した。
証拠隠滅はとっくに完了。
本当は歌の感想を言ってべた褒めしたいところだけど見てることがバレちゃったら絶対にへそを曲げちゃうからな。
別にへそを曲げたゆきちゃんが怖いってわけじゃないんだけど、ずっと不機嫌状態なのはわたし達が耐えられない。
ゆきちゃんの笑顔はわたし達にとっては酸素みたいなもんでなくなっちゃうと窒息してしまう。
「ゆきちゃんお疲れ~!ひさびさのカメラの前でのダンスはどうだった?楽しかった?」
麦茶を注いだコップを渡しながら訪ねる。一時間近く歌って話してたんだから喉も乾いているだろう。ゆきちゃんのことならわたしも気が利くんだよね。
「ひさびさでちょっと緊張したけど楽しかったよ!ちょうど喉乾いてたんだ、ありがと!これからはペットボトルの水くらい用意しとかないといけないな」
麦茶を一気飲みしてゆきちゃんは楽しそうにニコニコしている。よっぽど楽しかったんだろうな。
こんなに生き生きとした姿を見てるとこっちまで嬉しくなってくる。機嫌もいいしおねだりするなら今が一番だな。
「ね、動画投稿は週何回やるの?」
週3でやることは知ってるけどそれをわたしが知ってるのもおかしいのであえて尋ねる。
「月水金の3回だよ。水曜までの3回分はもう収録してあるから明日か明後日に金曜の分を収録しようかと思ってる」
もう水曜の分まで収録してあるのか。さすがゆきちゃん仕事が早い。
「生配信はもう見たいって言わないからさ、その収録を見学させてくれない?ゆきちゃんの歌声わたしも聴きたいよ~!お願い!」
ゆきちゃんにしがみつきながら精いっぱいかわいくおねだり。
「いいけど、動画のときは歌とダンスは別撮りだよ。ヘッドマイクない方がしっかり踊れるから」
「全力で歌って踊るんじゃん!余計に見たい!ね、みんなも見たいよね?」
ちゃんと他のみんなにもパス。当然そこは全員一致で「聴きたいに決まってる」という返答が返ってくる。
「絶対聴く」あか姉にいたってはすでに決定事項みたい。ここまでみんなにお願いされて嫌がるゆきちゃんじゃないけどね。
「わかった、じゃあ明日晩御飯を食べた後に収録しようか。明日はリクエストの入ってたボカロ曲だからみんなも聴いたことあるかも。お風呂入る時間少し遅くなるけど大丈夫?」
「四人で一緒に入るから大丈夫!ゆきちゃんも一緒に入る?」
「入りません!」
「広さは十分にあるのに」
「広さの問題じゃなくってわたしは男の子ですから!」
「小さいころは一緒に入ってた」
「あか姉それ小学生のころ!もう中学二年生だよ、わたし」
「わたしは今でも全然かまいませんよ~」
「いや、そこはかまおうよ、かの姉……。ほんとにもう。今日はもうみんなお風呂済んでるよね?少し汗もかいてるしわたしも今からお風呂に行ってくるね」
「おう、いってらー。しっかり温まれよ」
ゆきちゃんが部屋に着替えを取りに行ってそのままお風呂に行ってしまった。
「グッジョブ、ひより」
「エヘヘ、もっと褒めて」
「明日が楽しみです」
「帰ったら速攻宿題終わらせる」
「それにしても作詞作曲ってそんな簡単にできるもんでもないだろ?あいつの場合ダンスも自作だし。いくらリクエスト挟むっていってもそれで配信頻度大丈夫なのかね。」
「前にストックしてる曲どれくらいあるのって聞いたことあるけど、その時は30ないくらいって言ってたよ。今はもっと増えてるんだと思う。耳を疑ったけどすんなりできる時は2日もあればダンスまで出来上がるって言ってたしネタに困るってことはないんじゃないかな」
「マジか」
「本当に音楽の天才ですのね」
「天はゆきに二物どころか三物四物も与えた」
「その天才が今日世間にその歌声を届けたわけだな。どんな反応があるか楽しみだな」
「しょっぱなからめちゃくちゃいい曲歌ってたし絶対バズるって!だってゆきちゃんだよ」
「ゆきならきっとみんなに愛される。伝説の始まり」
「伝説ですか。ゆきちゃんなら本当に伝説になりそうですね」
そんな話をしているうちにゆきちゃんもお風呂から上がってきたけど、そのままこれからの活躍の話で盛り上がり、日付が変わるころに帰ってきた両親に早く寝るように促されるまでみんなでゆきちゃんの未来について話し続けていた。
誰もこれからの成功を疑っていなかったので興奮気味に話していたから、未来の話をするとゆきちゃんが少しだけ寂しそうな顔をしていることには誰も気づかなかった。
リスナーさんの前で復帰祝いの唄を披露し、失敗してしまったあの日から一年以上の月日が過ぎて、わたしは二十二歳になった。 そして今、わたしはある一室にいる。 「わたしはもっとみんなの近くで唄いたい!」 そう宣言してから半年以上、わたしはリハビリとボイトレに励み、そして自分の声を完全に取り戻した。いや超えた。 かつての音域からさらに半オクターブ、広げることができたのだ。 そしてわたしはボイトレに励みながら、ある計画を実現させるためにかつての自分の考えを覆す決断をしていた。「それではその時は全面的にプロデュースをお願いするということで。利益の取り分は書面通りで構いません。よろしくお願いします」 かつて大阪で琴音ちゃんを通じて知り合った女性プロデューサー、五代さんに向かって頭を下げる。「こちらとしてはどんな条件であれ、ゆきさんに来てもらえるなら大歓迎です。でも一体どういった理由で心変わりを?」 芸能界という世界を毛嫌いし、関連するようなところとは極力距離をおいてきたわたしが突然こんなことを言いだしたのだから、疑問に思うのも当然だろう。「確固たる目的のためです。わたしが以前、脳の障害で一年以上昏睡状態にあったのはご存知ですよね?」 黙って頷く五代さん。 ネットどころかオールドメディアでもニュースになったような出来事だから知っているのは当然だろう。いや、その仕事からしてたとえニュースにはなっていなくとも、彼女ならそのネットワークで情報を得ていただろうと思う。「元々わたしは幼いころから脳の障害を抱え、余命も宣告されていたことから生きることに対して諦めの気持ちがありました。だけどそれを変えてくれた人たちがいた」「お姉さん達ですね」 意外な人から突然核心をつかれてしまったことに驚き、わたしは目を見開いた。どうしてこの人がそのことを? わたしの疑問が顔に出ていたのか、五代さんはふっと笑うと以前は見せることのなかった柔和な表情を浮かべた。「ゆきさん、わたしは何も企業利益だけを考えてあなたに声をかけたわけじゃありませんよ。わたし
「みんなただいま!」 ようやく帰宅許可が下り、無事退院となったその日。 我が家では家族全員が休みを取って快気祝いのパーティーを準備してくれていた。「「「「おかえり!」」」」 声を聞くだけで分かる、心から待ちわびていた祝いの言葉。 お母さんから始まって、家族全員とハグをした。この辺はアメリカ生活をしていた名残なのかな。 お父さんは少し恥ずかしそうにしてたけど。息子相手なのになぁ。「それで、もう日常生活に支障はないのか?」 より姉が気づかわしげな視線で尋ねてきたので、わたしは元気をアピールするために腕をぐるぐる回してみせた。「この通り、すっかり元気だよ! まだ激しい運動は止められているけど、軽い筋トレくらいなら大丈夫。日常生活の筋力を取り戻すためにも家事は積極的にやってくださいだって。だから明日からはまたわたしがご飯を作るからね!」「……!」 みんな声にならないほどの衝撃を受けている。え、わたしがご飯を作るのってマズイ?「ま、またゆきのご飯が食べられる……」 両手で口を押さえたお母さんが感涙にむせぶ。えぇ、そんなに!? かの姉とあか姉は無言で両手を天高く突き上げている。一片の悔いなし? そしてより姉とひよりに両サイドから抱き着かれてしまった。「一年半ぶりのゆきちゃんの手料理! もう今からお腹が空いてきたよ!」 明日まで待ってたら餓死しそうだね。「いかん、よだれがとまらん」 本当によだれを垂らしてしまうより姉。乙女のする顔じゃないぞ。 でもこんなに待ち焦がれてくれていたとなれば腕が鳴るというもの。明日は目いっぱいご馳走を作ろう。「でも思ったよりも早く退院できましたね」 ようやく気分の落ち着いたかの姉がオードブルの並んだ食卓につきながら、感心したように言って来た。「そうだね。若さもあるけど、それ以上に頑張ったしね」 最初は半年の予定でリハビリプログラムを組
立てるようになってからのリハビリは、想像していた以上に大変だった。 平行棒、杖、歩行器を用いて転倒防止に注意しながら、重心移動や筋力向上、正しい歩行様式を取り戻していくのは一朝一夕にできるようなものではなく、なかなか思うように動いてくれない体に苛立ちを覚えつつも地道に筋力を蓄えていく作業。 下手に頑張りすぎると逆効果になると分かってはいるけど、一日も早い復帰を願う気持ちはなかなか抑えられるものでなく、遅々として進まないリハビリプログラムにヤキモキしていた。「さすが若いだけあって回復が早いですね」 歩行訓練後のマッサージをしてくれながら、理学療法士の飯島さんがそう言ってくれる。「自分では回復が遅く感じてしまい、どうしても焦ってしまうんですけどね」 どうしても頭をもたげてしまう焦りの心。 愚痴をこぼしたところでどうにもならないとは分かっているけど、ずっと優しく指導をしてくれる飯島さんにはつい甘えてしまう。「早くおうちに帰りたいですもんね。でもね、わたしもあなたのファンだから言うけれど、待っている側からすれば焦って戻ってきて取り返しのつかない後遺症が残るくらいなら、何年でも待つから万全な状態で戻ってきてほしいと願うものですよ」 優しい手つきでふくらはぎを揉み解しながら、それ以上に優しい笑顔を見せてくれる飯島さん。 リハビリが始まった当初からわたしのファンを公言していて、担当が決まった時には飛び上がって喜んだそうだ。 そんな熱心なファンをしてくれている彼女の言葉だから信じたいけれど、どうしても不安な気持ちは拭えない。「飯島さんはそうかもしれませんけど……」 八つ当たりにも似た発言だけど、飯島さんは気分を害した気配すらなく、穏やかに話を続けた。「不安になるのも分かりますけどね。ファンを信じるのもアーティストとしての務めじゃありませんか?」 ただの弱気の吐露にも関わらず、温かい表情で返ってきたその言葉に、わたしの中の何かが動いた。 今まで明確に意識したことはなかったけれど、わたしもアーティストの端くれな
リハビリをやり始めてから比較的すぐに自力で立ち上がれるようになった。 だけど、そこからが過酷な日々の始まり。 最初は一歩二歩と歩くだけで滝のような汗をかき、心拍数も爆上がりしてしまったのでその時点でリハビリ中止。 その後も数日間はトライしては中止の繰り返しで一向に進まない。 そこで体力の回復が先決だと判断した先生の指示により、立って歩くよりも先に長時間座ることから始めることにした。 ただ座るだけと思って侮っていたけれど、すっかり体力の衰えてしまった体にはこれが存外キツイ。 スマホを触って気を紛らわせているとはいえ、最初は二時間程度で音を上げてしまった。 だけどそれも繰り返すうちにだんだん苦ではなくなっていき、半日座っていられるようになった頃にはかなり体力も回復していたようだ。 その後に始まった歩行訓練でも最初のように滝の汗をかくことはなくなり、ようやく日常生活に向けての第一歩が始まった。「今日はね、リハビリ室の端から端まで歩けたんだよ」 嬉しそうに報告するわたし。「ふーん」 なんだか気のなさそうな返事をするより姉。「あれ? なんか怒ってる? わたしのリハビリが進んでるのが嬉しくない?」「いや、そんなわけないんだけどな。ゆきがどんどん元気になっていってるのはそりゃ嬉しいさ。でもな」 なんだろう。リハビリとは関係なさそうだし、他に何か怒らせるようなことしたっけ?「ゆき、何か報告しておかないといけないことを忘れてないか?」 報告? ずっと病院にいるわたしがリハビリのこと以外で何を報告することがあると言うんだろう?「何のこと?」 本当にわからない。わたしがより姉を怒らせるようなことなんて皆目見当もつかないよ。「茜とのことだ」「ひうっ!」 突然あの日のことを突きつけられて、ビックリすると同時に思い出してしまったので変な声が出た。「なんだその奇声は。茜が自慢気に話してたのは本当だったのか……。てっきりあいつの作り話だと思ってたのに」 カマかけられた! でも本当のことだから嘘をつくのもなぁ。「それで、だ。ゆき」 改めてわたしの方へと向き直るより姉。対して被告人よろしく姿勢を正すわたし。「正妻の立場としてはだな。茜がしてもらった以上は同じことをしてもらう権利があると思うんだが」 いや、あれはわたしの方からやったわけじゃな
「みなさん、こんにちは。どうもご無沙汰してました。雪の精霊、YUKIが今日もみんなに幸せを届けるよ! とまぁかつてのテンプレ挨拶をぶちかましたわけですが。みなさん、本当に長い間お待たせしました! ゆきはこの通り見事復活を果たして今ではピンピンしていますよ。 眠りこけていたおかげですっかり体がなまってしまったので、しばらくリハビリが必要なんですけど、またみんなに歌声を届けられる日が来るのも近いです」 ひよりに撮影許可とノートパソコンを頼んだ次の日、今日の当番だったあか姉が許可を取れた情報と共に届けてくれた。 そのパソコンを使ってさっそく配信予約を取り、夕食後の十九時に配信を開始した。 配信の告知をしたのは昨日なのに、みんな余程待ちかねてくれていたのか同接は60万人オーバー。 倒れる前の50万人を大きく上回る結果となった。「たくさんの人が見に来てくれて、それだけわたしの歌声がみんなに求められているんだと思うと感無量です。変わらぬ応援にとても感謝しています」 あまりのありがたさに思わず涙ぐんでしまう。だって一年以上ものブランクがあって、それでもこれだけの人が集まってくれるのが嬉しくて、ありがたくて。【歌ももちろんだけど、ゆきちゃんの顔が見たかった】【元気そうで安心した】【ゆきちゃんの姿を見たら涙が出てきた】【ほんと、おかえりなさい!】 歌だけじゃなく、わたし自身をも待ってくれていたというコメントに、とうとう涙が溢れてしまった。 あーあ、本当にわたし涙もろくなったよなぁ。男のくせにみっともないとは思うけど、止められないものはしょうがない。「みんな本当にありがとうね。一日も早くみんなの前で唄って踊れるよう、毎日リハビリ頑張ってるんだ! だからほら、一週間でもう立てるようになったんだよ」 そう言ってノートパソコンをテーブルの上に置き、立ち上がろうとするわたし。 まだ安定性には欠けるけど、どうにか自分の足で立ち上がることが出来た。隣であか姉がハラハラしたような顔で見てるけど。【あんまり無理はしないで】【ワイらはいつまでも待ってるから】【生まれたての小鹿みたいになってるやん】【怪我する前に座って!】 うちの姉妹だけでなく、リスナーさん達もわたしには過保護だな。「これくらい大丈夫だって。なんならターンしてみようか?」 調子に乗ってターンをしよう
日々続くリハビリは、思った以上に大変だった。 まずは寝返りや座ることから。最初の内はそれすらも大変で、どうにか寝返りを打てると言った状態だった。 それから座ることも難なく出来るようになったかと思ったら、息つく暇もなく自力で車いすに乗ることを特訓。 これが想像以上に困難なことで、立ち上がろうとしても膝が笑って上手くできない。看護師さんの介添えがあってようやくといったところ。「えへへ。密着出来て幸せぇ」 一部、邪な考えで介助してくれている人もいるけれど。 一度より姉に見つかって、ナースステーションで担当替えを真剣にお願いされていた。できればわたしも替えて欲しい。 でも決して手は出させませんという言質を得て、どうにか引き下がっていたようだ。そこで納得しちゃうのね。 わたしの不安な気持ちと、あの舐めるように見てくる気持ち悪い視線からは解放してくれないのだろうか。 病院も人手不足なのはわかるけど、あんなのを特別病棟に配置して評判に関わったりはしないんだろうかと心配になる。「今まではもうちょっとマシだったんですけどね」 他の看護師がそう言ってフォローしてたけど、正直何の慰めにもなってませんよ? むしろエスカレートしてるってことで余計不安になったわ。 だけど車いすに乗って久しぶりに外へ出たのは気持ちがよかった。すっかり忘れかけていた風の匂い。 そこには微かに草木の匂いが混じり、まもなく訪れる生命が謳歌する夏の気配を感じさせる。でも今日は少し湿っぽい匂いも混じっているから、雨でも降るのかな。 以前と違って色が見えるようになったわたしは、外の景色をいくら眺めていても飽きることがない。 目を凝らせば色というのはあちこちに散らばっていて、普通に暮らしていれば気づかないようなところにも鮮やかな色が潜んでいる。 例えばビルのひび割れから生えた生命力に溢れた雑草の緑。暗いアスファルトの隙間から顔を覗かせるたんぽぽの鮮やかな黄色。 普通の人なら気づくことなく通り過ぎてしまうその景色も、今まで違う世界を見ていたわたしには物珍しい。 部屋にいてもスマホやテレビを見ている時間より、窓の外を眺めている時間の方が長いくらいだ。「なぁに、また外を見てるの?」 今日はひよりの番なのか。「うん、今日も外の景色がキレイだからね」「やっと見えるようになっ
病院から帰ったころにはすっかり深夜だった。 家族のみんなはもう就寝してしまっている。よかった。 正直既に全身が痛い。やはり全力で動いたことのツケがしっかりと回ってきている。 歩くだけでも辛い今の状態を、誰にも見られずにすむのはありがたい。 なんとか自分の部屋にたどり着き、着替えもせずそのままベッドに倒れこんだ。 目を閉じると浮かぶのは姉妹たちの怯えた表情。まさかわたしがあんな顔をさせることになってしまうなんてね。 自嘲気味に笑いながら、自分の覚悟を決める。 明日、みんなに伝え
より姉が知らない男を追いかけて走ってくる。 追いかけられている男はなんだか嬉しそうな顔をしている。でもなんか目が血走ってて怖い。 しかも近づいてきているのに勢いが衰えない! まさか飛びついてくる気か!? 予想的中。その男は両腕を広げてわたしに飛びかかってきた。 条件反射って怖いね。 脳が勝手に不審者と判断したのか、わたしは懐に潜り込みひじを男の腹部にめりこませた。そのまま勢いを利用して巴投げの要領で後ろにポイ。 もんどりうって背中を床にたたきつけられた男はそのまま腹と背中を抑えて悶絶。
配信が終わってリビングに戻ってきた。 姉妹たちもしっかりと配信を見ていたようで、呆れたような顔で琴音ちゃんを見ている。「おかえり。琴音、ゆきの配信に出ちゃって本当によかったのか?」 より姉が心配して声をかける。あれだけ敵対視していたのにこういう時は本気で心配してあげる。それもより姉だけじゃない。「琴音ちゃん、事務所に連絡した方がいいんじゃないの?」「そうですよ。騒ぎが大きくなってからより先に報告しておいた方が対策も立てやすいでしょう」「報連相、大事」 姉妹それぞれが本気で心配
想像通りというか当然というか、翌日のニュースはまたしてもわたしと琴音ちゃんのことで持ちきりだった。 なにせ現役のトップ歌手が芸能人でもないただの配信者のチャンネルで素顔をさらして堂々と出演したのだから。 しかも相手はかつての子役時代の相方。 昔の番組がテレビで取り上げられ、当時の映像が10年ぶりに視聴者の目に届くこととなった。『ピーノちゃん』と『ポロンちゃん』、久しぶりに目にする姿は懐かしいと同時にどこか面映ゆい。 琴音ちゃんの事務所としてはあくまでも幼馴染であるわたしのための友情出演ということで、なんら関